君が欲しいセフレのタイプを選ぼう!

ぜーんぶ無料でOK!
今日からはじまる出会いを探すならコチラ!

こちらから今すぐ人妻を探せます!


2005年07月27日
ジェフリー・ダマーの愛聴盤
オジ.jpg

ブラック・サバスは黒魔術的な雰囲気と
ギミックで成功を収めたバンドの一つである。

サバスのリフ・楽曲はロック史に残るものであるが
今回はその部分ではないところにスポット当てることにする。

やはりオジー・オズボーンの逸話から語らねばならない。

彼は、サバスで培った黒魔術的なギミックを
ソロに転身してからも発揮していく。
ダイアリー・オブ・マッドマンなどは殺人鬼キャラを
前面に打ち出し、成功を治めた。

貧乏な家庭の出身でバンドをやる前は屠殺場で豚を殺していた。

オジーはステージで生きた蝙蝠の頭を食い千切り
レコード会社の食事会の席にて、鳩を噛み殺し
妻に飼っている猫を鶏に餌を頼まれると
キレていたのか、散弾銃で皆殺しにするなど・・・
公私共にイカレタ人物でもある。
(彼は妻に連中に腹一杯、鉛の弾を食わせたぜ・・・と報告したそうだ・・・)

続きは、オジー・黒魔術の関係をどうぞ・・・


続きを読む ...

[ Posted by 猥褻新聞社 at 20:03 | ★もっとHなブログ! | 猥褻記事 | Comments(0) | TrackBack(3) ]

すご~い\(^o^@
女の子も男の子も
男の子&女の子
写メ交換し放題!!
2005年07月25日
現代へのマンソンの影響
innsidennto.jpg

マンソンの思想は一般のヒッピーの思想と異なる。
しかし、ヒッピーと無関係には出来ない。
アメリカの時代背景と環境がそうさせないのだ・・・
カルト教団化したヒッピー・・・
ファミリーは何処に思想を持っていたのか??

近年のオウム真理教の事件を思い出さずにはいられない・・・

彼の影響はアングラを中心に、大きな影響力を未だに保ち続けている。
何人ものミュージシャンが、彼を取り上げた。
近年のロックスターのマリリン・マンソンが有名である。
彼は、マリリン・モンローとチャールズ・マンソンとで
名前を取っている。

ガンズ・アンド・ローゼスが93年に自分らのCDに
マンソンの曲を入れたことがあった。
すべてカバー(パンク色強し)の楽曲で構成され

ラストの曲のシークレット・トラックとして
録音がされている。

上記の画像・スパゲッティー・インシデントである。

この時、彼ら(アクセル・ローズ)は猛烈な社会的批判に晒された。
というのも、世界的な人気バンドゆえに、CDの売り上げは半端ではなく
マンソンに莫大な印税が入ることは間違いなかったからだ。

この騒動は、その印税をマンソンの犠牲者の遺族に
払われることで一件落着したそうである。

アングラでは、今でもマンソンに関わりのある様々な物が流通している。
彼が刑務所内で行ったライブのCDも出回っている。

続きを読む ...

[ Posted by 猥褻新聞社 at 11:55 | ★もっとHなブログ! | 猥褻記事 | Comments(1) | TrackBack(0) ]

2005年07月22日
マンソンの裁判開始
mansonbald.jpg

70年6月15日裁判開始・陪審は男7女5
裁判期間中の225日間、陪審員たちはホテルに隔離された。
マンソンは弁護士の解任を繰り返し裁判の引き伸ばしを図った。
(終結まで10年が費やされている)

額に鉤十字の彫りこみを入れ、マンソンは発言する。
「俺はお前らの世界から抹殺された人間であり、この十字はその目印だ」

彼の支持者たちは裁判所の近辺にテントを張って住みつき
額に彫りこみを入れたり、頭髪を剃って
マンソンへの支持を表明した。

マンソンには反省の色はまったくなく
「首を切り落としてやる」
と叫びながら判事に詰め寄ったこともある。

担当検事のもとにはマンソンの支持者から脅迫電話がかかり
裁判官と検事には護衛がつけられた。


続きを読む ...

[ Posted by 猥褻新聞社 at 21:51 | ★もっとHなブログ! | 猥褻記事 | Comments(5) | TrackBack(0) ]

2005年07月20日
マンソンの音楽性とバックボーン
mansonmugshot.jpg

刑務所でギターの手ほどきを受け
歌手として身をたてることを夢見るようになったマンソン。
その頃、1967年仮釈放された時期はヒッピーが大流行していた。
マンソンは、こうした流行に惹かれ、仲間を集め
いわゆる「ファミリー」を作る。

出所後は盗みを働きながら放浪生活。
吟遊詩人としてアピールしようと街角や公園で歌っていた。

家出少女などを仲間に引き入れ
黒く塗り直したバスでカリフォルニアを放浪した。

このバス・ツアー中
「マジカル・ミステリー・ツアー」を聴いた
マンソンと仲間(ファミリー)は、自分達のバス生活そのものを
「マジカル・ミステリー・ツアー」と呼ぶようになった。

マンソンがビートルズから思想的何事かを
強く感得した初めてのアルバムが
「マジカル・ミステリー・ツアー」だったのではと
マンソンのドキュメンタリー本「ファミリー」
著者エド・サンダースは指摘する。

ここで彼はLSDなどのドラッグ、フリーセックスといった
ヒッピーコミュニティーのお決まりに溺れていくのである。

一部の映画や音楽の才能ある関係者と接触を持ったが音楽活動は成功しない。
次第に彼のグループは窃盗やカード詐欺で日々の生活を得るようになる。

彼のグループは次第に宗教色が増し
マンソンはキリストを模した髪型をし
宗教儀式めいたパーティも盛んに開く。
いわば、彼はファミリーの教祖的な存在になっていくのである。


続きを読む ...

[ Posted by 猥褻新聞社 at 22:04 | ★もっとHなブログ! | 猥褻記事 | Comments(0) | TrackBack(0) ]

2005年07月19日
マンソンの生い立ち
LIFE.gif

1934.11.12 ケンタッキー州アッシュランド

マンソンは典型的な崩壊家庭の落とし子である。
私生児として生まれ、親の自覚のない母親にたらいまわしにされて育った。
しかし、ある日施設に置き去りにされる。完全な親の放棄である。
そんなマンソンは愛情を知る由もなく、人格形成を歪めてゆく・・・

逸話でこんな話が彼の幼年期を物語っているのではないか?

:マンソンの母親はまだ赤ん坊の彼を
膝に抱いたまま酒場でビールを飲んでいた。
「まあかわいい赤ちゃん」と言って近づいてきたウエイトレスに
「ビールを一杯おごってくれたら、この子をあげる」と言った。
取引は成立し母親はビールを飲み干すと手ぶらで帰った。
数日後、いなくなった甥を探していた彼女の兄は
ウエイトレスの自宅でチャールズを発見した。

続きを読む ...

[ Posted by 猥褻新聞社 at 20:32 | ★もっとHなブログ! | 猥褻記事 | Comments(0) | TrackBack(0) ]

2005年07月18日
チャールズ・マンソンの事件
シャロンtate.jpg

マンソンの最初の殺人は
69年07/25の音楽教師ゲイラー・ヒンマン(34)の殺害だった。

被害者は非合法薬物の密売で荒稼ぎしている
という噂があり実際に裕福だった。

マンソンは仲間とともにヒンマン宅に押し入り
金の隠し場所を聞き出そうとするが
抵抗されたため、耳を切り取った。

被害者が助けを呼ぼうと大声を出すと
マンソンの仲間の一人がナイフで刺殺した。

マンソンが一躍有名になったのは
その2週間後の69/8/9
妊娠9ヶ月の女優シャロン・テートの腹部を刃物で裂いて
殺害した事件だった。

この時押し入った家はドリス・デイという有名な歌手の持ち家で
その息子である音楽プロデューサが
マンソンの音楽を認めないことが押し入った直接の動機だった。
殺害後、血で壁に「PIG(豚野郎)」と書いて立ち去った。

「赤ちゃんが欲しいの、お願いだから殺さないで!」
と泣きながら懇願したシャロン・テートに対し
信者のスーザン・アトキンスは
「見たかメスブタ!お前に慈悲などない!」
と言い放ち、ナイフを振り下ろした。


続きを読む ...

[ Posted by 猥褻新聞社 at 16:04 | ★もっとHなブログ! | 猥褻記事 | Comments(0) | TrackBack(0) ]