
70年6月15日裁判開始・陪審は男7女5
裁判期間中の225日間、陪審員たちはホテルに隔離された。
マンソンは弁護士の解任を繰り返し裁判の引き伸ばしを図った。
(終結まで10年が費やされている)
額に鉤十字の彫りこみを入れ、マンソンは発言する。
「俺はお前らの世界から抹殺された人間であり、この十字はその目印だ」
彼の支持者たちは裁判所の近辺にテントを張って住みつき
額に彫りこみを入れたり、頭髪を剃って
マンソンへの支持を表明した。
マンソンには反省の色はまったくなく
「首を切り落としてやる」
と叫びながら判事に詰め寄ったこともある。
担当検事のもとにはマンソンの支持者から脅迫電話がかかり
裁判官と検事には護衛がつけられた。
マンソンはファミリーの一人、テックス・ワトソンを
黒幕に仕立て上げようとしたが
逆にワトソンの証言によって有罪色が濃厚になった。
1971/01/25日、陪審はマンソンに第一級殺人と殺人の教唆で
有罪の評決に達した。
評決の発表の日は裁判所周辺に厳戒態勢がしかれた。
マンソンの支持者が海軍基地から手榴弾を盗んで逃走。
「最後の審判"Judgement Day."」といわれる儀式を
計画していることを警察がつかんでいたからだ。
マンソンは最初は死刑を宣告されたが
死刑制度廃止なども重なって終身刑に減刑された。
彼は刑務所内では、模範囚で通し
仮釈放の申請も数度行ったが却下されている。
現在も刑務所に収監されている。
現在も服役中。支持者のサイトが多数ある。
http://www.atwa.com/
























