
美代子。
こんなサウンドボードまで作られる美代子(音量に気をつけて聞いてください)
彼女に、悲しい過去があったことを発見。
以下新潮45から抜粋。
miyocoの家族を次々と蝕む病魔の正体は「脊髄小脳変性症」。映画化された「1リットルの涙」の著者の女の子が侵されていた病気と同じもの。小脳・脳幹・脊髄の神経細胞が 変化し消えてしまうという国にも指定されている程の難病。
富山の親族の証言「ショック?そんな生やさしいものじゃなかったです。この病気は、はじめは歩行に支障をきたし、次第に手足の自由を奪われしゃべる事もできなくなります。やがて物も食べられなくなり、そして最後は呼吸することもできなくなるんです。日に日に弱っていき、死に近付いていく我が子を前に、平静でいられす母親がどこにいますか?」
この病気の原因は元々miyocoの旦那の母方の遺伝だったため、5人家族のうちmiyocoだけが発病せず。(miyoco逮捕時に、娘たちの死亡理由は精神病という情報が流れ基地外な母親miyocoのせいじゃないのか?という意見が大量に出たが真相は上にも書いた通り。)むしろmiyocoは病気に関しては愚痴1つもらさず気丈に看護を続けていた。
二人の娘は、思春期を迎えたときに発症したらしい。長女が最後を迎えようとしていたとき 医者は、長女の喉から伸びたチューブを外すことを薦めたが、miyocoは、頑として拒んだ。その後、一年ほど眠ったまま生き、 そしてこの世を去った。享年32。
その3年後次女が、姉と同じ年齢に達すると後を追うように亡くなった。神をも呪いたい気持ちだったろうmiyocoに、それでも不幸は容赦しなかった。夫、長男が、次々とこの病魔にのみこまれてしまった。
親族の証言
主人(miyocoの夫の実父=今年3月に死亡)もmiyocoさんに会うと、「すまねぇ、すまねぇ」ってよく言ってたよ。先妻さんの血筋とはいえ、「本当にmiyocoには申し訳ねぇ」ってね。それでもmiyocoさん、愚痴一つこぼさなかったね。一生懸命に子供らの面倒を見てたよ。いつも明るくて気丈でね。心の中は、たいへんな思いだったろうに・・だから余計に今回のことは信じられなくて悔しいよ」
miyoco、民事裁判では、一審こそ弁護士をつけたらしいけど、
その後は、一人で法廷で立ち争ったらしい。介護で忙しいはずの中、裁判所に通い、書式をならい、証拠書類をそろえ、ダンボール3箱分にもなったという。個人的意見として、被害者夫婦の部屋に山積みされたビデオテープも気になるが、miyocoの被害者への訴えの証拠書類の3箱分にも何が書かれてたのか


























